「奇遇」のち「ついで」

今年頂戴した年賀状に、
「ブログが読めなくなって寂しいです」
って書かれていた。

あうあうあう。
ツイート自動投下じゃダメっすか。
あうあうあう。
過去においては、毎日更新していた時もありましたなぁ。


そういえばこのブログの2/4のカウンターが、420も回っていた。
何処の何方様かは知らねども、どぎゃーんしなはったとですか?
ありがたいやら不可解やら…。


言い訳がましいのだけど、今の職場はあんまりネタを生めなくて。
仕事に行っても豊かな自然に触れる機会はなく、休憩時間以外はスマホも持っていないから写真も撮っていないし。
というかコンプライアンスの関係で、仕事の話はまず出せませぬ。
どこでどんな仕事をしているのか、近年のワタクシ、謎の女ですな。

となると、私の日常って大したことしていないし(苦笑。

たまに温泉とかうまいもんとか、そんなものを求めて出かけたりしているけれど、昔のような根性はなく、ブログ記事にはしていなかったり…。

すんまっしぇーん。


年賀状からの反省を活かし、たまには書くように努めていかねば。
今月前半はお休みが多めなので、今宵また夜更かしして頑張ってみるねっ。




ダンナの愛車が来月に車検を控えている。
実は私のモーちゃんも来月に車検を控えている。
嗚呼、なんという周期で車を買ってしまったんだ当家。
(´;ェ;`)ウゥ・・・


ダンナの愛車と言っても、自宅から職場までの往復(それも7〜8km走るのに、途中に信号機がひとつもない田舎道)と、我が家のゴミ出しと、ダンナがパチンコ屋へ行く時にしか使わないような軽自動車なので、日頃ほとんど気を配ってもらえないクルマ。
芳香剤とか入っていないし。
洗車した話も聞かないし。

ゴエモンが帰省した時に、
「オトンの車のワイパー、
 ゴムがボロボロだから替えてあげて」
と悲鳴を上げたクルマ。

「タイヤがもう限界なんだよ」
ってダンナが言う。
そかそか。
車検前に替えなきゃダメか。

車検をお願いする某モータースのおやじさんが言うことにゃ、タイヤ4本替えて25,000円だとダンナの弁。

おい、それちょっと待て。
そのクルマにそんなにタイヤ代を投資しなくてもヨカ。
オイラが探して手配しちゃる。


ということで、ダンナの愛車用には、
「こんなんで十分」
という中国メーカーのタイヤを手配。
熊本市内まで片道小一時間使って、交換してもらいに行く必要があるんだけど、それでも古タイヤ処分代まで含んでも、25,000円と見積もりされていたソレの、半分ほどという安い費用で済む。

11日(木)も休日だったワタクシ、ダンナの車を借りてタイヤ交換に行っておこうと考えていたら、
「俺もその日休み」
だって。
当日になったら、結局ダンナがくっついて来ることになった。
家で寝ていていいのに(苦笑。


タイヤ交換をしてもらう店は、熊本空港へ15分くらいで行ける距離。
折角そこまで出て行くんだもん、交換を終えたら寄り道したいぞよ。
カメラバッグをクルマに乗せて出る。
「帰りに空港に寄るのかよ?」
「当然」
オイラの休日、オイラに自由に使わせてくんろ。


10時開店のその店、11日に行くってことは、電話で予約を入れてある。
「休日はお客さん多めですけど、
 それでも1時間程度の待ち時間で良いと思います」
って言われていた。

混まないうちに行けるようにと、開店とほぼ同時に店に着く算段で自宅を出発。
ホントに10時ちょうどに着いた。
オイラたち、2番乗り〜。
でもその直後に2〜3台が到着。
早く受付へ行かねば。

私がクルマから出た時に、駐車場の枠をちゃんと考えていないような、おかしな駐め方をする輩がズイッと入ってきた。
なんだコイツ?

まぁソレを気にしている場合じゃないので、ダンナを車の中に置いたまま、自分だけは足早に受付へと向かうワタクシ。

少し遅れてダンナも店の中へ。
何かワイワイ言っている。
どした?

振り返るとそこには、姪とその母親である我が妹・たまやん。

え?
どして!?

妹もタイヤ交換に来ていた次第。
ズイッと入って来た車、それは妹だった。
姪は私の後ろ姿で、すぐに私だということがわかったんだって。




まさかさぁ、ここで会うなんて誰も予想していないじゃん!
妹たちも、
「このタイヤショップが安くていいのよね〜♪」
ということを承知しているのは、だいぶ以前から私も知っていた。
でも、まさか同じ日の同じ時刻に、私達がそこを訪れること自体稀な、自宅から1時間も離れた店に来ているなんて。
タイヤ交換の予定があることすら、お互いに全く話していなかったのに。
あまりの奇遇にびっくりした。



こんな事ってあるんですなぁ。



「私のタイヤもひどくなっているけれど、
 そちらのタイヤも相当なものねぇ」
と妹。
相当なものらしいね。
見るの忘れていたけど(苦笑。
ダンナが言っていたっけ。
「熊本市内まで交換しに行くの?
 そこまでもつかなぁ…」
って。
おいおい。


だからここまでの道のり、速度を上げて走れる区間がある熊本北バイパスは使わずに済むルートを使用した。
タイヤがバーストしたらコワイもん(笑。


妹達よりも早く受付が済んでいた我が家、必然的にタイヤ交換作業も先に終わり、
「それでは、また」
と言ってそこでお別れ。

「タイヤが黒いよ♪」
とダンナ。
交換したばかりのタイヤは、安物とは言っても黒光りしてピッカピカ。
「タイヤって、黒いものなんだよ」




ダンナと「わざわざ一緒に」来ようとは思わないが、「ついでがあったのでダンナ同伴」で出て来た空港。
なーんか普段とは勝手が違ってやりにくーい。


「飛行機見るの、空港の北側の道路でいいんだろ?」
「ん?なんで?」
「だって、夕日を撮ったりするあそこは、
 車を降りてから歩かなきゃならないじゃん」

ダンナは歩きたくないらしい。
(´・д・`) ちっ
これだから素人さんは…。


マニアックな場所をウロウロするのを避け、当たり前な場所に車を持って行き、当たり前な写真を撮る。



空港1

昨日よりも白く霞んだ空。
しかもこの道路からはこの時間モロ逆光。

あんまり時間を使えなかったので、小細工するのも忘れていた。
露出補正をかけ忘れて撮り、帰宅後にフォトショのトーンカーブとか使って処理したズルい女。

空港2

「787ってさぁ、座席のピッチ狭いよな」
先月も出張で上京した際に、往復ともB787に搭乗できているダンナ。
「そうなの?」
「前の座席の背に膝が当たる」
オイラはまだ一度もB787に乗ったこと無いんだぜ。
( -д-) 、ペッ
「ソラシドとかのほうが広い気がする」
「ふぅーん…」




「あの黄色いの、何?」
逆光で見たせいか、FDAの金さんがスポットにいるときは、機体が黄色く見えていた。
だから9号機の金さんじゃなくて、黄色い7号機かと思ったくらいだ。

空港3

金さん、割と良く来るよね。
「FDAは、機体の色が全部違うんだよ、知っていた?」
「知らなかった」
(´・д・`) ちっ
これだから素人さんは…。



今日はATR-42 飛んでいないなぁ。
前日に私が25エンドで待機して裏切られた後、私が空港を立ち去った直後に、またATR-42のNEWみぞかタンは飛行を始め、天草へ向かって飛んだところまでは、エアバンドを聞いて承知していた。
いつも機体が格納されているハンガーのシャッターが閉じたままで、中に機体が入っているかどうかもわからない。

白く霞んだ空ではあるけれど、ぽかぽか陽気の好天の休日になり、空港北側道路には多くの家族連れがやって来ている。
「たくさん来ているなぁ」
その様子を見てダンナは、感心したような呆れたような声を出していた。
「ゴエモンが小さい頃には、
 うちも時々来ていたじゃん。
 お金使わなくていいもん、
 遊びに来るのにちょうどいいもん」
こんな時にこそみぞかタンはが飛んだら、のんびり日向ぼっこしている小さいお友達が喜ぶのにねぇ。



空港4

ダッフィーちゃんでも来てくれたら嬉しいのに、

空港5

ノーマルな、いや、一応JAL SKY Wi-Fiな機体なのだった。

ダッフィーちゃんはこの日の夜に飛来しちょった。
(>з<) チェッ!



ダンナはあんまり興味のないジャンルだよなぁ…って思いつつ、スマホでツムツムをし続けているダンナをクールに放置。
だけど時々そのスマホの画面で、到着機の予定時間などをチェックしてもいたダンナ。



国際線スポットに駐機している機体を見て、
「何、アレ」
とダンナ。
「アシアナさんだよ。
 この後また折り返しで飛んで行くよ」

20年以上前に、この熊本からアシアナ航空には乗っているんだけど、あの頃まだ旧塗装だった。
家族3人揃って海外へ行ったのは、あの時だけだわなぁ。
その後はみんなバラバラで海外へ(苦笑。


空港6

パスポートの有効期間、まだあと3年あるんですが。
誰か連れて行ってくれないか?



空港7

アシアナさんの上がりを見届けると、その後は少し発着が途切れそうなので、これを潮時として空港を離れることに。
いえね、自分一人だったら居続けますわよ当然。
だけどねぇ、隣にいる人がねぇ…。


なーんかいつも慌てて撮ってばかりだから、まともに撮れている写真なんてホントにありゃしない。
つか、自分のカメラのオートブラケットのやり方はわかっちゃいても、PやAvやTvの時の露出補正の使い方を、ちゃんとマスターしていないという…。
帰宅後の反省会で、やっと露出補正の使い方が思い出せた自分のバカー!



私が撮影反省会を始める前に、
「パチに行って来ていい?」
ダンナは黒いピカピカのタイヤの愛車に乗って出て行っちゃった。

いいも悪いも、ダメって言ったら空気が不穏になるだけだろうよ。
「いい?」
って尋ねる時は、
「行くよ」
っていう意味の時なんだろうよダンナ。




ダンナがいない時に、あらためてゆっくり空港撮影しようと思った次第。
勿論、露出補正をあれこれ試しながら…にしますです、はい。
出来れば白くない空の時に来たいぉ。





で、また14日(日)と15日(月)が連休なのだけど、実はゴエモンが季節外れの帰省をすることになっており(またマイカー帰省)、15日に日付が変わった頃には到着する。
14日は撮影よりも、その準備に時間を使わねば…なワタクシ。



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熊本城リベンジ

熊本城はカッコイイ。

熊本城1

城内に楠の大木がいっぱいあって、その木の間から見え隠れしている石垣や天守閣などは、いつ見ても私は惚れぼれする。


子供の頃の私には、お城というと母方の郷里の会津若松市にある「鶴ヶ城」だった。
東京に住んでいた私は、母方の里の方に良く行っており、その本家がある土地は鶴ヶ城に近かった。
母方の祖先は「黒川城」=後の鶴ヶ城を築いた葦名氏に連なるのだと、幼い頃から重々しく聞かされていたせいもあり、東北地方のこのお城への思い入れのほうが強かったワタクシ。

15歳から4年間を熊本で過ごすようになるまで、私が熊本を訪れたのは2回しかなく、その時に熊本城を眺めた記憶が残っていない。
熊本城が暮らしの中に現れ始めるのは、その4年間でのことだ。
自宅がある県北から熊本市へ、路線バスに乗って遊びに行くと、目的地である熊本市の繁華街へ間もなく着くと言う時、目の前に熊本城と石垣が堂々と見えてくる。
市街地の真ん中に、いきなりどーん!と現れるタイムスリップの空間=熊本城。
それが何ともカッコイイ。


最後に鶴ヶ城を訪れてから、もう20年以上が経過してしまった。
ご先祖様には申し訳ないのだが、最近では鶴ヶ城の容貌を思い出すことが難しい。







熊本城をここまで立派にしたのは、加藤清正と言われている。

清正公

本日熊本城へ出掛けたら、清正公に出会えた。

城内案内のお姉さん(これまた時代装束着用)が観光客に問われ、
「清正公ですよ」
と答えているところに出くわし、
「えっ!この方が清正公ですか!」
なんて観光客が感心していると、
「うむ、墓場から掘り起こされてしもうた」
と清正公はお答えになっていた。

高烏帽子形兜を被り、丸い加藤家の家紋が入った具足を身に付けた清正公は、ポーズを付けて堂々と立っておられたので、私もその正面に回り込み、
「殿、失礼仕りまする」
と撮影させていただいたのがコレ。
隣でO嬢がククク…と笑っていた。


熊本城には元日に初詣で来ているし、つい先日も神戸から来てくださったお友達との面会で行ったばかりだ。
その時に本丸御殿を駆け足で眺めて来た私は、熊本城の天守閣へ登ったのが遥か昔であることや、2年続けてこの城内にある加藤神社へ元日の初詣に出向いているのに、結局熊本城のほんの一部分しか見ていないのだということが心の隅に引っかかり続け、
「今度の休みには、熊本城をゆっくり眺めてみたいなぁ」
との気持ちになっていたので、
「私もちゃんと見学したことってないのよね」
と言うO嬢と一緒に、本日こうして出掛けて来たという次第。



展示物を丁寧に見ながら、天守閣への階段を登る。

天守閣から

茶臼山台地にある天守閣からの眺望は、この国を治める場所として実にふさわしいと思わせる眺めで、またそこから確認できる熊本城の石垣の広がりは、このお城が最盛期にはどれだけ立派なものだったかということを偲ばせるのに十分な規模である。



本丸御殿も駆け足ではなく、復興の記録のビデオ上映や資料などを見ながらゆっくり見学。

昭君之間

現代の職人が丹精込めて伝統の業に挑んだ昭君の間も、天井画の緻密さや鏡のように美しく仕上がられて光る漆塗りの見事さ、

天井画

そして手作業で彫り込まれた飾り金具の精巧さなどにまで視線を注ぎ、

金具

これらの細かなポツポツした部分の彫りまでが、全てコツコツと刻まれていったのだ等など、その繊細な技術はすごいもんだと驚き、

金具2

顔を近づけて見つめては、ひたすら感心していたのであった。




城彩苑の体験コーナーでは、

打掛

こんなことも出来るし、

甲冑

丸い穴から顔を出して、こーんなことも出来て楽しいのだった♪
(落武者の亡霊みたいだな・・・)






「ゆっくりといろいろな場所を見て回ろうと思ったら、
 1日たっぷりかかるわねー」
と二人で頷き合った。
昼から出て来た私達には、少し時間が足りなかった。

カッコイイし、面白いよ熊本城。

城内のあちこちで、甲冑武者姿に出会ったり、時代装束で仕事をしている人に出会い、
「ゆるりとして参られよ」
なんて言われたり、
「ようお越し下さりました」
なんて言われたりするので、気の利いたセリフを返せるようにして出掛けよう。
「ふむ、大儀である」
と切り返すのがやっとだったワタクシ。

次に行く機会を作るときは、時代小説の中から、使えそうなセリフを拾って頭の中に用意せねば…うーむ。




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テーマ : (●´∀`●)
ジャンル : 日記

しばらく手抜きします

左足の痛みと痺れの原因は、椎間板ヘルニアの疑いがあるらしい。
腰には痛みがほとんどないのだが、左足に来る痛みが酷くて座っていられないのだ。
仰向けに寝ているしかないの。


朝からかかりつけ医師を叩き起こして休日時間外診療を願い、ブロック注射などしてもらい、仕事は二日間休みを頂いて、とにかく療養している次第。



月曜日に整形外科に通院して、ちゃんと診断してもらうわ。



これは携帯から書いている。
パソコンの椅子に座ると、痛みがすぐに暴れ出すからダメなのよー。
しばらく手抜きします。
ご容赦を。

どきどきTwitterで呟いているかもですわ。




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おはよう


生きています。
手術直後の傷の痛みが半端じゃなかったけど。

痛み止のお陰で落ち着いた。


下のほうでささやかにVサイン。しかし血圧が低いな。

カミングスーン


口から何も食べず飲まず、下剤を用いて…では脱水症になるから、オペ前の点滴を打っている。


昨夜が良く眠れていないから、横になっているとすぐ睡魔が。
ところが同室さんの見舞い客がうるさくて…。

このような場所にいるからには、ご配慮願いたいもんだわさ。
携帯はマナーモードしてさぁ、そんでもって着信があっても、この部屋で通話続けるのは、やめちくりーだな。


あんまりひどいようなら担当ナースに相談しようっと?。





あわあ、腹減ったー。
オペまでおよそ1時間のワタクシ。




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仮の住まい


やほ!
これが4人部屋の我がベッドなり。
部屋に案内されいろいろやっているうちに、昼食が出てきたさ。



意外なくらいあっさりと、この部屋に於けるパソコンや携帯での通信OKが出たんだわさ。
同室にペースメーカー使用者等がいないためとのこと。
でもまだパソコンは出しておらず、現在携帯から記事を書いている。


昼食を清ませたら、入浴をするようにと指示される。
明日の手術に向け、とにかく清潔にしてもらいますってさ。
「よーく洗ってくださいね!」
念を押されたよ。



現在その入浴というかシャワーを済ませて、まったり過ごしているところ。
後から看護師が、おへその掃除をするそうな。
念の入った事である。




夕方には詳しい手術の説明あり。
また後程ご報告するざんす。



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生命に大小はない

ブログを書いている私の背後に、猫タワーがある。
そのタワーの上に寅蔵がいて、

寅蔵1

もよ~んとした顔でこちらを見ている。
猫の出入り用に空けられた穴から、メタボな腹がボヨンと出ている。


カメラを向けていたら立ち上がってしまい、

寅蔵2

どえ~んと腰のあたりに、そのメタボな要素が集中する。



真夏の捨て猫だった寅蔵。
手のひらに乗ってしまうくらい小さくて、4本の足で立ち上がっても、まだヨロヨロとしか出来なかった小さな寅蔵。
哺乳瓶のミルクを必死で吸い、命拾いをした寅蔵。
よくぞここまで「どえんな猫」に育ったものだと、母親がわりで子育てをした私は思う。

寅蔵3

物心付いた時から外の世界に出されたことがない。
拾われたその日から、完全屋内飼育。
そのせいか争いごとが嫌い。
のったりとした長男坊的性格。



その寅蔵にカメラを向けている私の足許で、

銀之丞

しきりに甘えているつもりなのだろうが、邪魔になっているだけの銀之丞。
ブリーダーさんの家で生まれ、他の兄弟や屋内犬とも一緒に生後4ヶ月まで過ごしてから我が家へ来たせいか、物怖じしない野次馬的性格。
我が家で一番落ち着きがないのは銀之丞。
だけどその割には、人の言うことが結構理解出来る。
やってくれるなよ~と思うことを必ずやってくれるが、やめなさいというと一応すぐにやめる。
銀之丞はキャットフード以外には目もくれない。
人間の食べ物を食べない。
猫用のおやつも食べようとしない変わり者。



こんなことをしていても、そのすぐそばにいるのに、

富久娘

私は無関係…とベッドから出ようともしない富久娘。
生後1ヶ月で我が家へ来たとき、合計3匹になった猫の末っ子だったので、一番甘えん坊猫になった。
当時の兄猫たちは、もうこの家にはいない。
富久娘さんも12歳と、既にご高齢になって来た。
相変わらず甘えん坊さんだが、若い頃に見せた活性は、陰を潜めている。




原発周辺地域から避難している方が避難所で、
「猫に沢山餌を出してやって来たけれど、もうだめだろうなぁ」
と話していた記事を読み、胸が締め付けられた。

津波が押し寄せたときに、自宅にいたペットたちを逃がしてやる暇も、そして一緒に連れ出すことも出来なかった人も多い筈だ。
私の家がもしもそうなったら…。
外の暮らしを知らないこの猫たちは、外へ逃げさせたとして、生きて行くことが出来るだろうか。




福島県いわき市の水族館「アクアマリンふくしま」では、震災被害と停電や、漁港機能のマヒによる餌の入手困難で飼育継続が不可能になり、一部譲渡(避難)できたものを除き、そこで飼育されていたほとんどの海洋生物が全滅したとの記事が出ていた。

規模が大きいので報道されたが、一般家庭での水槽や池で飼育されている生き物だって、停電が続いて飼育できなくなっているだろう。
池にひびが入って飼育できなくなった鯉なども被災者だ。
川崎市多摩区にある「おさかなポスト」には、そうした震災被災者の魚類が持ち込まれてパンク状態だという。

記事(産経ニュース)




数日前に「九州電力も真夏には計画停電?」の記事が出ていた。
九電も原発による電力供給の割合は大きい。
福島原発事故の影響で、現在定期検査で運転を停止している玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)2、3号機の運転再開を延期することにし、5月上旬には川内原発(鹿児島県薩摩川内市)1号機も定期検査に入る。
運転の見合わせが続けば、九電の電力の4割をまかなう原発計6基のうち半数が止まることになる。

もしもこの九州電力も計画停電に入ったら、我が家でも夏場の水槽管理はかなり危ない状況になってしまう。
水の循環もエアレーションも行えず、水温を下げるためのファンが回せず、そしてその補助的役目を果たすエアコンも動かなくなるのだ。

エアコンが動かなくなると、屋内で留守番をしている猫たちも厳しい状況になってしまう。
この報道を見たとき、それが現実になったらどうなってしまうだろうと心配になった。







小さな生命たちも家族である。
いや、生命に大小なんて本当は無いのだと思う。

震災では多くのこうした小さな家族たちも犠牲になっている。





平穏に寝転んでいる猫たちを見て、突然の被災というのは、決して他人ごとではないと考えてしまった。







失われてしまったすべての生命たちの冥福を祈ります。




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テーマ : (o´Д`)ハァ。。
ジャンル : 日記

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あこちん

Author:あこちん
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・火の国在住
・似ている人=金太郎
・釣りが好きなナマケモノ。某釣り船サイトの管理人。
・下手っぴーだがGOLFに手を出し…そして諦めた。
・休日はドライブ/温泉/うまいものなどの探求。
・PCは林檎使い歴23年ほど。はじめの一歩はMacintosh LC575。現在はiMacの27inch。
・'10.06末に窓PCを手に入れたが、こちら方面のことはちょびっとしかわかりましぇん。
・最近は主にミラーレス一眼DMC GX1とズームレンズ、それとあくおす・ぽんを使って撮影している。
・ヒコーキとか空とか草花とか、浅く広く多趣味。
・日々の日記を綴りながら、その時に聞いている曲や頭の中に浮かんできた曲が「本日のBGM」。クリックしても曲が流れ出す訳ではないのでご注意下され。(マジでクリックする人がいるそうな…)

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